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2005年 09月 13日

価値あるCMって?(後編)

さて前編では、日本広告主協会が考えた「飛ばされないCMを作るには(仮案?)」ってどうよ?ってことで、

1 飛ばされない価値のあるCMを作る
2 15秒のスポットCMだけでなく1分、2分の長いCMを増やす

について考えてきました。
取り敢えず「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁああああ!」って感じなんですけど…

広告主の考える「飛ばされないCM」その3は「テレビ局と組んで番組内に織り込む新しいCMを模索する」ことらしいのですが、これはもう法律変えないと無理なんでは?というトンデモレベルに近いような気がするのは僕だけなんでしょうか?

放送法では確か…
・放送時間に対する広告の比率が決められている
・通販と一般プログラムの分離
などが定められていたと思います。

要するに一般の番組中では、一定以上の広告は流せないし、物販をしてはいけない訳です。
番組と広告を融合するとこのあたりに抵触する可能性が高い訳です。

まあ、最近そういう番組もあるようですが、ギリギリもしくは限りなく黒に近いグレーって感じでしょうか。
何せみんなやりたいので刺さないから業界内で自主規制も働かないし、監督官庁もさして真剣に取り締まる気はないようですし…。

けれども、やたら商品宣伝をする番組や露骨なプロダクトプレイスメントばかりやる番組が増えたら鬱陶しいでしょうねぇ…
余計嫌がられて淘汰されるような気がします。

意識されていないのは、民放の番組はCMを見せるために制作されている、という基本原理なんですけどね。
本来見てもらいたいはずのCMを「飛ばす」機能を付加しているのは他ならぬメーカー(広告主)自身な訳で、それも「消費者にとって便利な機能が付いていたら自社製品の優位性が高まって売れる」、というメーカーレベルのエゴな訳です。

CMを本当に見て欲しかったら、DVDレコーダー等に

1 機能として「CM飛ばし」を付加しない
  (機能を付加する場合は「CM飛ばし補償金」を上乗せしヌシ協で分配する)
2 CMは早送りできなくする
3 CMを通常速度で再生しないと番組も見れなくする
  (CMを早送りしたい場合は、ペイパービューを活用)

という機能を搭載すべきですw

まあ、それは暴論としても、やはり「CMを見てもらう」為には、「飛ばされない」事よりも「見たいと思わせる」方法を考える方が有意義なんではないでしょうか?

一見同じように見えますが、前者は「とにかく何が何でも見て欲しい」という送り手の圧倒的なエゴが感じられますが、後者については、「受け手に取って価値がある情報を提供したい」という意欲を感じ取りたい所です。(ちょっと無理矢理ですかね?)

例えば、その一つの回答がPacket Visionのようなモノかも知れません。

Packet Visionは、イギリスに現れた会社が、IPTV用のセットトップボックスで、ユーザーの嗜好にあわせてCMを差し替えるというものだそうです。

CMのパーソナライゼーションですね。




…そういうの、日本でもありました。
「ep」という蓄積型放送サービス。

HDレコーダーにコンテンツ広告蓄積領域を設け、衛星から配信したコンテンツを属性に合わせて視聴させる、というようなビジネスモデルだったと思いますが、蓄積放送は2年程で早々と終了してしまい、110度CS放送だけが残っているようです。

原因としては、前述の記事にもあるように、ハードウェア&インフラが時期尚早だった(HDDレコーダーの普及前だった・デジタル放送への対応など)事や、ビジネスモデルそのものに問題があった(8万円程度のハードを普通に販売し、最初から有料放送に拘った割に魅力的なソフトを揃えられなかった(多分))事などが想像出来ます。

「ep」構想を聞いた時に思ったのは、「発想そのものは悪くないけど、普及させるためにはハードは無償配布すべきだろうな~」という事でした。

或いは放送も無料であるべきだったでしょう。

個人の番組に対する趣味嗜好という、究極の個人情報を提供し、それに合わせた情報配信をするのであれば、直接的な対価を求めるのでは無く、そこで得られる広告費やそこから波及するビジネス領域から回収するようなビジネスモデルであるべきだと思うからです。

結局、ハードメーカーの連合体としては、ハードを無償で供与するビジネスモデルは携帯電話以外では実施出来なかった訳です。

ちなみに、Packet Visionを紹介した織田浩一氏は、

いわばTVのコンテクスト広告ともいえるのがAddressable TVCMであるが、ケーブルTVが進んでいるアメリカでも、まだ地域にターゲットするということぐらいしか出来ていない。
TiVoなどもそのギャップを埋めるべく、今ポップアップ的な広告などのテストを行っている。
ケーブルよりも衛星放送の方が進んでいるイギリスでは、IPTVに展開で、このあたりは日本と近いかも知れない。いずれにせよ、ネットの影響を受けて、TVCMもコンテクストを上げる方向に進んでいる。


と書いておられます。

まあ、IPTVだったらTV版コンテクスト広告も技術的には可能ですけど…結局オプトインメールの属性指定と同じで、自己申告した「興味のある分野」にフラグが立っていれば配信って事になるんでしょうね。

その「自己申告」の精度と、実際の広告効果がリンクして始めて成立するビジネスモデルだと思います。

あとは、各個人の視聴履歴から、本人の申告とは関係なく傾向分析をする事も可能ですが、それってかなりイヤーンな感じです。

Webの検索だって、個人情報と関連付けされていないから色々調べる人がいる訳で、何処の誰それさんと判っているという状況でも同じように検索出来るものなのでしょうか?

例えば、日常生活に密着したお店や住所その他諸々を検索するという事は、個人の生活情報を晒しているのと同じ事になってしまいます。

僕自身は、blogでもSNSでも極力個人情報は出さないようにしているのは、ネット上での流出は、リアル社会以上に性質が悪く、回復不可能なものだと思っているからです。(Winnyのウィルスで流出した個人情報はその典型ですね)

別にそれ程困るような立場でもありませんが、まあエシュロンやインテルのチップの話を聞いて感じる自然な嫌悪感や拒否感の延長線上にあるものではないかと…

そういう訳で、Yahoo!ウォレットもG-mailも全然信用できないから使いたいと思わないんですが、世間はそうでもないんでしょうか?

どうもCM飛ばしからどんどん話が逸れてきて何を言いたかったのかよく判らなくなっていますが…

現代社会は、作り手にとっては「物を売る」行為が成立しなければ成り立たないものではあります。

完全自給自足というのは、ある一定の閉じた系で成立するのでなければ不可能であり、それが観察された時点で現代社会と繋がり影響を受けざるを得ない、という不確定性原理にも似た夢物語となってしまいました。

実際にはグローバリゼーション化がますます進行し、地球の裏側で作られたモノを買う世の中になっており、資源とエネルギーの消費は増え続けるばかりです。(これが原油高の本質であり、需給が安定しないのは当然の事です)

そして、売りたいモノに対する情報が氾濫し陳腐化する中では、販売を裏側から支えるシステムやロジックはますます発展していくでしょう。

そのような圧倒的な流れの中で、「飛ばされないCM」というCMの存在意義を問うべき命題に対して、仮とはいえ原因をCMのクリエイティブに帰結させるかのような問い掛けを行う、という行為そのものが「飛ばされるCM」を生み出す土壌なのだろう、と感じずにはいられませんでした。

それは、海外有名ブランドが百貨店というシステムに見切りをつけ、路面店へと移りつつある事象を思い起こさせます。

パラダイム・シフトが叫ばれて久しい世の中ですが、広告界のパラダイム・シフトはこれからが正念場です。

今更僕が言うほどのことではありませんが、マス広告のパーソナル化・インタラクティブ化の波に乗れるか否かは、企業の命運を定める重要な要素の一つとなる事でしょう。

この項、一旦終わりますが、いずれ再考したいと思います。
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by lunatic-party | 2005-09-13 09:30 | メディア
2005年 09月 07日

価値あるCMって?(前編)

野村総研の挑発的なリリースに始まり、電通の反撃へと発展した「DVDレコーダー普及によるCM飛ばしの影響」についての協議会が設置される見通しです。

設置を提案したのはヌシ協(日本広告主協会)で、民放連(日本民間放送連盟)と日本広告業協会に対して提案したという事で、「どのようなCMなら見てくれるのか。テレビ局や広告会社などとともに検討すべきと判断した」(日本広告主協会・電波委員長 永田圭司常務(キヤノン販売))そうです。

まあ、NRIの問題提起は、

・そもそもテレビ媒体料金はリアルタイム視聴率に対して設定されている
・同様の論議はビデオ機器の販売開始時にも議論されたが影響がなかった

などの反論で一応は沈静化されていたように思っていましたが、やはりそうは問屋が卸さなかったようですね。

じゃあ、ヌシ協が期待している協議効果がどんなものかというと…?

・飛ばされない価値のあるCMを作る
・15秒のスポットCMだけでなく1分、2分の長いCMを増やす
・テレビ局と組んで番組内に織り込む新しいCMを模索する など。




      ポカーン…


ま、マジっすか?真剣と書いて「マジ」と読むですか~?

もう一度整理すると、広告主の皆様が考える、今の所考えられる『消費者に見てもらえるCM』」とは…

1 飛ばされない価値
2 長尺CMを増やす
3 番組とCMの融合

だと言うのです。

え~っとですね、それってCM飛ばし以前に、多チャンネル化が始まった時にもデジタル化が始まった時にも同じような事を言ってませんでしたか?

いや、きっとね「これ位しか思いつかないからみんなで考えよーね!」っていう問題提起なのかもしれません。だとしても、「みんなで真剣に考えましょう。例えば…」って言って出てきたのがこれですかそうですか成程判りました。




   

                 そら見向きもされないCMを量産したってしゃーないわ(ボソッ)



せっかくだから検証してみましょう!


1 飛ばされない価値

飛ばされない価値:プライスレス

って誰がその「価値」とやらを判断するんでしょう?

たとえ同じ人が同じCMを見たとしても、見た人のシチュエーション・心理状態・情報量などによりそのCMの価値は「貴重な情報源」「15秒のエンタテイメント」「無駄な時間」などに分別されていくのですよ。
勿論、接触するシチュエーションを想定して作られる広告表現もあります。(コンテクスト・マーケティング)

しかし、テレビ番組に関して言えば、見られるシチュエーション、コンテクストを想定し限定する事は極めて困難です。

限定条件下でならば、一時的にその価値を付加する事は可能です。

それは恐らく、「インセンティブに惹起されるCMの選択視聴」になっていくのではないでしょうか?
例えば「CM視聴がポイントやクーポンとして還元される」ような仕組みですね。

う~ん、それって限りなく有料放送に近づいていくんですけど。


2 長尺CMを増やす

長かろうが短かろうが、飛ばされる時は飛ばされるんです。
CMの長さと飛ばされるかどうかに因果関係なんてないのに何故?

まあ、長尺CM・ドラマCMって、周期的に流行るんですけどね。
それって「オレ、本当は映画作りたかったんだ!」っていう人達が現場で決定権を持ち始めると必ず発生する事象だと思っています。

いや、否定はしませんよ。僕もそうだから。
でも、だからといって結果的にしょーもない自己満足長尺ドラマCMとか出来たって、消費者にとっては面白くないから見る価値ないし、広告主にとっては効果に繋がらないわけで、もしも「それ」が可能になったとしても、「オレ、本当は映画作りたかったけど、本当に面白いもの作れるのか?」と胸に手を当てて小一時間自分を問い詰めてみて欲しいものです。

あとですね、長尺CMを撮るとなると、確実に制作費が上がります。
CMは基本的に映画と同じ機材や、同じようなスタッフ構成でありながら、コストは遥かに高いです。
15秒CMに1,500万円程度かけているわけで、秒単価100万円ってことは、90分の映画だとなんと54億円になる訳で、ハリウッド映画並みと言えるんですね。(無理矢理なのは承知の比喩ですけど)

15秒から60秒になったからと言って、制作費が4倍になるわけではありませんが、カットが増えればフィルムも多く回り、編集にも時間がかかるわけです。
じゃあ広告主の皆さんはそのコスト増を簡単に認めるかっていうと、多分難しいでしょうね~
16mmで撮れば、とかハイビジョンカメラで撮れば、とかでコスト削減を求めてくると思います。

でもね~、結局一番高いのは人件費だし、撮影を簡素化したってデジタルノンリニアのOnline Edit(本編集)を無くす事は出来ない訳で、そんなに安くはならないんだよな~


CM飛ばし対策協議へ、DVDレコーダー普及で広告主協

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by lunatic-party | 2005-09-07 09:30 | メディア